この1年は、家具以外の日本の古いものを扱うことをしています。一昔前まで馴染み深く使っていたものから考古資料、絵画や書、人形から襤褸などなど。本来の修復作業の時間がとられている面もあるんですが、合間に家具の修理・修復・改造や製作を地味にしている毎日。そんな中の作業は、うまくいく作業もあれば、まったく駄目だという作業もあり、未熟すぎると辟易することも。イタイイタイ。
家具以外のものでも後世に残すという作業をもっと広い視点でとらえることを、家具と同様に扱うように意識しながら、そのひとつひとつを視ていってます。生々しい記録もあれば、こうなのかなという憶測も混じる中、その残された今の意味を考えながら。
古いものを扱うという行為と同様に保存という事柄に対して昔から関心がありました。今、またそういう事柄を、今いる環境で出来る範囲で少しづつでも知っていきたいなと。今していることが、そこに結びついて進んでいます。
そんな中、久しぶりに開いたStichting Ebenistという家具を含む木製品関連の保存や修復を取り扱う国際的な団体のホームページ。近々のシンポジウムがもう間近なんですが、家具保存への新旧のアプローチなるタイトル。
行けない分、早くシンポジウムの内容が公になるのを待ってます。
その中で目を引いたのが、海外に渡った彫刻が施された屏風が発表の対象なのか、The reconstruction of a carved Japanese Kaki wood screenというもの。
日本人職人とヨーロッパの保存家が技術と知識をシェアして壊れたフレームを再構築した内容。
直に聞きたい内容です。
未熟な自分にイタイイタイと辟易するよりもイキタイ、イキタイというところから発進して、今向かっている方向に傾倒したほうがよかろうとこの数日で味わった自分の感情の流れの一コマでした。
そんな揺らぐ中、偶然また聴いた4年以上前にこのnoteに貼り付けた曲。このライブの別バージョンは見てたんですが、こっちのほうが、なんか自然な一コマのイキイキさを感じて、いいなって。