うつろい

梅雨もあけ夏真っ盛りとなると作業場周辺の彩り豊かだった紫陽花は、幹だけはしっかりそのままに、ただ枯れた姿をさらしている感じです。そして秋の気配を感じ始めたころ、来年の為に切り落とされていく光景を目にしています。乾燥し、変色してもなおドライフラワーにして飾りたくなるものが、大地とつながったままで枯れた姿は、対局なものが繋がっているようで、不思議さを感じた日がありました。

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そんな日に店をみると、花があちこちにあると気づきました。大自然でもなくともそこで日々過ごす人間にとっても、花は身近なものであり、この先も人と花とは同様な関係が続いていくんでしょうね。そのままであったり、そこに手を加え違うものを表現させる代弁者となったり。

などと涼しくなってきた秋の夜半に思いにまかせつつ書いていると聞きたくなった曲があったので。なぜか秋に。しかもこの声、曲のライン、楽器の音自体、沁みてきます。

 

『もののあはれは秋こそまされ』的なのでしょうか。でも兼好さんもその後に綴られているように

『をりふしの移り変はるこそ、ものごとにあはれなれ』 (季節の移り変わりの様には趣きがある)もあるなと。季節季節を楽しみ、その移り変わる様を自分目線で見てみると、自分なりの小さな発見がありそうですね。

2017.08.28 Updated |

とあるエッセイ集中にみつけた古いものについての記述

『古いというただその事実が、その物に対して何かしら親しみを覚えさせる。

人間は『過去』から出てきて来るのであるから、自らその出処に対するあこがれを持つ。未来に対してもあこがれを持つが、まだ踏みも見ぬ天の橋立で、一種の危惧がある。過去には危惧はない。とにかく通って来たので、このあこがれには望みはないが親しみはある。親しみはやわらぎに外ならぬ。』

また

『懐古癖というが、これは癖というよりも人間自然の惰性である。これは誰にも、多少の差はあれ、あることは疑われぬ。『時』には不思議の性格がある。これがまたやわらぎの惰性を構成する一要因である。』

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あまり自分が使わない言葉、自らも持つ感覚について表されている別の表現は、同じものなのに違うものとして受け止め、別の捉え方が自分の枠を気持ちいいほど簡単に外してくれる感じを持つ。

1947年1月・2月『知と行』

「やわらぎ」P229-234『東洋的な見方』鈴木大拙著 上田閑照編 岩波文庫

2017.08.25 Updated |

箱を開けて

自然の営み と 人の営み

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自然と人工と反するようなものですが、同じだなと感じました。
花も人も命を持ち、その営みには、知らず知らずに、或いは、はっきりと意志や意図が反映さているかもしれません。

北海道在住のキャンドル作家 折笠 恵子さんの作品が今朝入荷し、山の店で開封し、箱のまま店の外に持って撮影していました。

彩り豊かに咲くこの瞬間の紫陽花とキャンドルをのせたスタンドが調和しているというだけでなく、花は枯れ、キャンドルは燃え尽きるという、なにかはかなさのうえにある微妙な心境に、そのものたちが、共鳴するように感じました。

『消えるものは、美しいと思いませんか?』

と、折笠さんは、自身のブログに書いています。そして綴られる言葉に、

『夜の紺色が夕暮れをのみ込むとき。
陽の眩しさがゆっくりと夜を連れ去るとき。
何の意図もなく曖昧に入れ替わる四季。
そんな機微の美しさを表現するために、わたしはキャンドルを作っています。』

紫陽花自身はどうしてその彩りを表現しているかは、わかりません。折笠さんも紫陽花を意識して製作していません。ただ今回自分が紫陽花とリンクしたまでですが、写真を撮り終わったあとにブログを読んで、なるほどなと。
でもその真骨頂は作成する意図以上に灯すことだと思いました。灯すそれぞれの人へ、またその空間に、なにか違うものが付加されていくような感じ。キャンドルとして全して、消えてなくなる。それが作られたという1つの証明。灯火上には見えないところのなにか深い意図のように感じます。

『ずっと同じまま存在できないけれど、きえるものは美しいと思いませんか?
誰もが、いつか消えてしまう「命」をいきているように。』

撮影しようと思って自然と人工が同じだと感じた最初の思いが、さらにブログを読んでもっと輪郭を持って感じることができました。

 

2016.06.06 Updated |

こぶのいち

山の店があるベラミ山荘の変化を象徴するものの1つ。内からでなく、外からの動き。
ベラミ山荘内の不要なものを処分するために始まったベラミ市に始まり、自分の店や工房を移動し、母屋にお店やアトリエが入り、人の出入りが多くなってきた昨今。
オーナーの、ベラミ山荘に居る人の、その個々の人の繋がりや出会いで、新たなことを始めていました。

大きくみれば古いものですが、個々の眼を通して集められてきたものは、ただ古いものとしてあるだけでなく、なにか別なものを内包して、個性をより発揮しているように感じます。
その巡り合せも骨董市、蚤の市の醍醐味であり、蒐集癖をくすぐる魅惑の迷宮となる。ような気がします。

それを、ここでは、こぶのいち といいます。 こぶは、こぶつ(古物)のこぶ。

IMG_0314 - コピー〈ベラミ山荘の門。2016年6月5日に、こぶのいちの門として、開門しています。〉
 
ベラミ山荘に魅せられて、ここで何かをしたいというものが、この場所に縁のある古もの好きな人たちの中にありました。それを蚤の市というかたちで3月に1回目が実現しました。内からでなく、外からの提案。それが変化の1つ。

来る人を不思議な感覚にしてくれるベラミ山荘という空間。自分もその感覚を味わった1人でしたが、共有したい気持ちをも持たせる場所です。
併せて、のんびりと自分のペースで過ごしてほしい場所。その意識が来た人たちに生まれた場所だから実現したと思います。
その実現に協力、参加してくれる人も、なかなかどうして。十人十色。そんな言葉がでてきます。
だから集められたものやそれらが並べられる場、それを集めた人、それをみたいと来る人が集う、こぶのいちという空間を楽しんでもらいたいです。

そして忘れてはならいなものを追記すると、いつもは提供できない飲食。これも繋がりがもたらしてくれたもの。
来てくれている人の気持ちになにか温かいものを感じさせてくれます。こちらをメインとして楽しんでもいいかもしれません。十色のなかのいくつかの色彩。

さらに今回は、この時期だからこそのものが。山荘を離れた道路一つ向こうには、陰ながら手間をかけて育てられた、紫陽花 が咲いています。
色、かたちも違うさまざまな紫陽花たち。その存在には、日ごろ時間があれば、足しげく通い、静かに手入れをしている陰の生育者さんたちを見かけていました。そんな人たちが居るのも忘れずに観てほしいと思います。

古いもの と くちにするもの と はな 
人を介して、使い、味わい、鑑賞する。

みな、おなじ。なような気がします。

そういうものが取り巻く、こぶのいち。自分にとっては、異彩が放つ色彩豊かなもの。
彩りを加えてもよし、抜いてもよし、その補色した色彩を楽しんでほしいです。

それぞれの理由で。それぞれの感覚で。

 

 

2016.05.20 Updated |

寄り道

ここに壁時計があります。自分が住む若松のある時代に時を刻んでいた時計。
映画『花と竜』、舞台は若松。原作者の火野葦平の父や家族、その当時の若松を描いた小説を映画化したもの。
中村錦之介、石原裕次郎、高倉健、渡哲也などの俳優が起用され、何度もリメイクされご覧になった方もいるでしょう。
主人公である玉井金五郎の生き様を描いたもの。その玉井は史実として石炭荷役請負業「玉井組」を設立します。
石炭で賑わいを見せた若松の歴史の中の一断片ですが、この時計が玉井組の事務所の壁に掛けられていたもの。

その事務所から時計が外されて、どのくらいの時が過ぎたかはわかりませんが、今日までの間に欠損し、扉も外れ、
中身も錆びてしまっていた時計。そんな状態で修理依頼がありました。

IMG_0032IMG_0056作業の流れ

近似する木目を抽出してパーツ作成

オリジナルの柄をパーツに転写

彫刻後モール作成

ステイン

ポリッシュ

ワックス

 

 

彫刻は専門でないものの、今回は浅い彫刻なので手持ちの彫刻刀でなんとかなりました。これがより立体的になると得意とする修復家や彫刻家にお任せします。
得意とする人に任せた方が家具やモノにとって最高のケアだと思います。もちろん自分ができる最大のことを施して。
でも彫刻を観察すると、ここから刃を入れてるなとか、その人なりの癖がみえてきます。そのタッチまで忠実に再現は出来なかったにしろ、楽しい観察と作業です。

今回もケースである外側は自分が担当し、時計本体は時計屋さんにバトンタッチ。同じように壊れた時計を目の前にし、さてどう修理しようかと時計屋さんが手を加えていく過程に移ります。

前の使用者から次に受け継がれる過程で、修理する人間も外見担当の自分から中身担当の時計屋さんに受け継ぐ流れ。
古いものを修理する世界でも、場所場所により、そんな有機的な関係の拠点がいくつもいくつもあれば、
時を超えて受け継がれていくものが、確実に増していくことでしょう。
ほんのちょっぴり私たちのところに寄り道して、新たな時を刻んでいくだろう時計。
今回は単に作業をするだけでなく、土地と歴史的な繋がり、人とモノの繋がり、人と人の繋がりというものをすごく意識して作業したものでした。

中身が修理され稼働した時に奏でる振り子に伴う音や渦巻き状の金具をハンマーで叩き、時を報せる音。
一体どんな音なんだろうなとワクワクしてこの作業を終えました。

2015.12.27 Updated |

次の場所

店と修理を別な場所から、同じ場所で。
それが次の場所。

店と工房。ともに興じる空間ですが、異なのか同なのか。
そこに介在するのは、モノと自分の存在は変わらないものの、
その空間を取り巻く意識的なものは、異なのか同なのか。

ちょっとしたスイッチを入れ替えるだけで、異にも同にもなるのでしょうけど。
興じる感覚の受け方が静なのか動なのかでも変わるものかもしれません。

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雨傘をさし、海の店を覗く後姿。青が白地のバックに映えています。
前回初めて海の店で行った企画展に一緒に参加した、虹のいろいろ、蒼さんの写真。

晴れ、雨、天気はそこに関係なく、そこにあるのは色彩を伴う一描写。それをいい写真だなと感じました。
それが陽のまばゆさをさえぎるためでも、それが雨露しのぐための場合でも。

見たときの感覚次第で、傘をさす背景を、晴れ、雨、きまぐれなどと見る側が感じる自由。
それと同様な感覚で、これから作り上げる次の場所をみている自分がいます。

実際としては、まだ作っていないその空間にわくわくしつつ、作れていない空間にやきもき。
そんな心境下で次の場所の絵空事を描き、この数か月過ごしてきましたが、
ようやく、少し容をもって活かせそうです。

2015.09.20 Updated |

しまわれたモノ

しまわれたモノ と しまうのに選んだモノ

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まさかこの容れモノにこんなモノが。
 こういう組み合わせに、意外性からの笑み浮かべてしまいます。

2015.02.04 Updated |

2015年

蚤の市で見つけた、医療用の器具。用途は不明ですがスライドする蓋がついてま­­す。今は、違うものに転用して使用してます。
RIMG1685それはアニマルグルー(にかわ、接着剤)用のグルーポッドに転用。蓋もついてるので埃も入らず、少量なので熱湯につけて柔らかくしやすく重宝しています。ちゃんとしたグルーポッドも有りますが、鉄製で大きいので最近はこちらをよく使います。瓶の中に、溶かす前の固形のアニマルグルーがありますが、これに水も加えて一時置いたものに熱を加えると液体状なります。基本的には、この糊を使ってます。ただ必要に応じて木工用ボンドやもっと強力な糊も使用することもあります。それは、これ以後の修理も考えての選択です。

さて新年も始まり、また今年も修理・修復を進めていきます。
昨年は、依頼された家具修理・修復も増えて、何かしら作業をしていました。1年を通して作業している椅子もあります。お客様のものが大半なので、サイト上では写真を載せていませんが、どんな家具なのか、簡単なリストですが、以下この1年で修理し終わったものです。
修理
・ホールディングチェア(1970~)
カードケースの傷修正と再塗装(イギリス 1920~50)
アームチェア(イギリス 1820~40)
アームチェア(イギリス 1820~40)
テーブル (イギリス 1880~1910)
テーブルの脚 (イタリア20c)
トライポッドテーブル (イギリス 1860~90)
トレイ (イギリス 1900~1930)
スタンド(イギリス 1900~1930)
カクテルキャビネット(イギリス 1970‘s)
・チャーチチェア(1900~1950)
・スツール(日本 昭和)
オットマン(イギリス 1900’s
座の張替
・スツール(1930~50)
・子供用ハイスツール(日本1970~80)
事務用椅子(日本 昭和初期)
製作
・座卓の脚をテーブル用に長さを延長してコピーして同型の脚を製作

今年はどんな家具に出会えるか楽しみにしつつ、慣れると癖になる膠の匂いが充満する作業場からの挨拶でした。

それでは皆様よい御年を!!

Not smoothly but・・・

模様替えして、少し出来たスペースにロッキングアームチェアを置いてみました。

座って気になったところが2箇所ありました。肘掛の高さとロッキングの動き。

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今度は肘掛のない椅子に座りなおし、手をだらんと下げて、肘を曲げて、心地いい高さに自分で調整すると、座面から27cmを計りました。店で心地よく肘をかけて座るスモーキングチェアは、座面から28cmでした。

気になるロッキングチェアの肘掛の高さ17cm。無理に10cm肘を下げた時、心地よさもありません。

 

ただこれは普通に座った時の場合です。椅子に身体を預けて座ってみてください。自ずとお尻が座の前に出て、身体が沈みます。と同時に肘も下がります。預けきったときの位置で肘の高さを計ると。なるほど。この高さが心地よくなるんだなと。

 

ロッキングならではの、身体を預けた揺れの心地よさも魅力の一つですが、この椅子はごつごつした動きです。スムースに前後にならず、揺れの心地はよくありません。

 

ロッカーを見てみると、修復された箇所がありました。一度平らになるように両方のロッカーをカットして、新たに木をつけてカーブの成形をしていました。その成形がうまくなかったのか、使用していく間に、再度磨耗して、心地よい弧のラインが崩れたのかは、わかりません。ただ使われ続けた椅子の今が、その揺れに現れているだけです。

 

でも身体を沈みこませ、背の間にクッションを入れて、ごつごつとした、小刻みがちな揺れを受け入れてしまいさえすれば、心地よい椅子になります。
合わせて生む心地よさというのも、古いものと付き合う魅力の一つだと思います。

 

休んで、揺れて・・・。ちょっと違うけど、そんな歌詞だったなと思い出して。

 

まさに休んで、揺れて、秋晴れの日差しを受けた、土曜日の午後に思ったこと。対象は違うけど、少し違う形になったとしても、感じさせるものは変わらずに存在してると。

張ってみました

久しぶりに椅子張りをしました。
これまで椅子張りの仕事は、経験はあっても椅子張り職人ではないので、お断りしてました。
が、これまで張替えの問い合わせが多く、その経験を活かせれば, こちらも、あちらも、そして家具の関係も、さらに寄り添える関係になれるかなと思い、受けはじめました。
と、言っても全てに対応できません。ソファーとかではなく、キッチンチェアなど座だけのものとか、やれる範囲で少しずつ。

椅子張り

今回したものは、北九州市小倉にあるyang bang brocante さんから依頼されたもの。http://www.yan-gang.com/
今のようにウレタンのマットを使用せずに、ステッチして成形した麻布に繊維の詰め物とスプリングで座を構成しているものでした。
座布自体がすれて、詰め物が飛び出している状態から、綿の布で詰め物の繊維を包み、ワディングという綿状の敷物を敷き、最後にトップコートの座布を張る作業。タッカーでうちつけるのでなく、一振り一振り鋲打ち。
布を剥がさないと詳細がわからないところがあり、これも他の家具を修理する場合と同様で、頭を搔くこともあります。

ついでに、指も少し腫れ上がってました・・・。刺したり、叩いたり・・・。

 

 

2014.07.20 Updated |

ふとして

くすんで、磨くつもりで店の奥にしまってあったカトラリー。
見てもらう機会があって、奥やらキャビネットのひきだしから出してきたカトラリーらは依然くすんだまま。
そんな風にしたままの状態に、これはこれは・・・と気付かさせてもらい、磨き始めた中にあった二つの小さなスプーン。

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両方ともシールドの中にT.H&Sの刻印。刻印からメーカーを特定できなかったものの、同じところの所業で間違いはなく。
ただ柄の先端の飾りが左右逆。もう一度ひねれば同じ方向なのに、これは意図的なのか気まぐれなのか。

仕入れた時や前回磨いた時には気付かなかったこと。そして2つ在るから気付いたこと。
思い込みのままでいると、目の前にある事実さえ、見落としてしまっていること。
雨降りの中、磨いている最中に ふとして気づいた事柄。

 

最近

四月から家具を直す時間や機会が増えました。
時間あれば夜、店でも作業。

夜は狭い店の家具を移動し、作業空間づくり。
そんな中で、どう対処しようかと思い、悩んだり、または楽しんだり。
好みや懐かしい曲がインターネットラジオから流れてくると、鼻歌で応えながら。

夜が更けるのも早いですが、心地よい時間です。
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        独 坐 幽 篁 裏
        弾 琴 復 長 嘯
        深 森 人 不 知
        明 月 来 相 照      竹 里 館                            王 維

 

 

 

 

大事なアイテム

家具を直していくときに、各パーツにバラバラにする作業があります。金具をつけてたり、パーツの接合部分にネジが使用されている箇所も少なくありません。でも単純にネジはまわせば外れる品物なんですが、これが割りと気を使います。
やはりネジも錆びていたり、何度も締めては開けもしていると弱くなってたり、ネジ山つぶれてたり・・・。

ネジ山が生きていても、その大きさも様々なので、横着して合わないドライバーを使うとネジ山切ったりして、もう修理の出鼻をくじかれ、痛い思いすることになるので、合うドライバーを使います。
マイナスドライバーだけでも、大小たくさん用意してネジ回し。 昔は蚤の市とかいくと、マイナスドライバーをよく買ってました。

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ドライバー回すときは、身体も乗せて、ネジにまっすぐ。
はじめゆっくりじわーっとまわします。一度締めるほうに回して、反応あれば開けるほうに、じわーっと。
ほんと集中してまわしてます。
今の生活では、マイナスのドライバーなんて使うことが激減だと思いますが、ここではしっかり現役です。

鏡よ鏡、鏡さん。

ある種携帯の化粧箱にもなる、箱状の鏡台。
日本のもので、鏡のしまわれ方から鏡台になる様が気に入りもとめた一品です。

引き出しの中には櫛と髪飾りが入ってました。櫛は漆櫛。飾りは透かし彫りに真珠を模したものが装飾されたもの。
和装と洋装を思わせるものが一つ同じ場所に。

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持ち主はどちらも着こなすハイカラな大正女子だったんだろうか?と妄想にふけてると、ふと鏡から泉鏡花へと矛先がかわってました。作中の着物の描写中になにか櫛のものあるかと調べてみた文中では、櫛差す情景がなかなかイメージできず仕舞い。ただ、色ということを書いた随筆中に、櫛・簪のことが。

『また同じ鼈甲を差して見ても、差手によって照が出ない。其の人の品なり、顔なりが大に与かって力あるのである。
 すべての色の取り合わせなり、それから、櫛なり簪なり、ともに其の人の使いこなしによって、それぞれの特色を発揮するものである。』 「白い下地」からの抜粋 ~ 泉 鏡花

抜粋した文では色のことはよく伝わらないので読んでいただきたいのですが、細やかな表現でかつ魅せる小間物を選び、髪を梳かし、差す姿をこの小さな鏡がずっと見てきたのかな等々、いつも古いものを見ては起こす妄想ループにはまっていました。

2014.02.16 Updated |

一手間

年もあけて、さっそく仕事初めの家具直し。折れた椅子の座の直しです。

古い家具に手を加える時、直すつもりがやりすぎて更に壊しかねないので、緊張していつもとりかかってます。
だから一手間かけて、そのリスクを減らしてます。木のものや修理に関らず、誰もが配慮して行う作業だと思います。
でも、その一手間が、違う手間をかけることも・・・。

小さい木工道具でさえ、かかる力が強ければ、材が割れたり、吹っ飛んだり。それを避ける為にいろいろ治具をつけたり、前作業。ない場合は作るときも。
でないと割れるもんなら、一気にテンション下がるだけで済まなくなることも。

今回は、細い溝を掘るのに、細いドリルで下穴をいれて、掘りやすく、また材の負担を軽くするためにしてました。
でも身体がぶれて、細いドリルがボキって・・・。

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残された折れたドリルの先を取り除くためにさらに違う手間をかけてしまいました。
いつも本体を極力傷つけないように、どうしたらよいか考えて作業していても、ちょっとしたことが仇になりかねません。

反省とともにの2014年のスタート。でも新しく作ったほうがいいだけでなく、切った貼ったで納まらない作業が修理・修復や保存にあります。
それをこのちょっとしたミスの中で、改めて感じたので少し紹介したく、年初めの記事に。

古くても使えていくモノたち。それを使おうとするヒトたち。
そしてそのはざ間に垣間見る、一場面。 ため息や舌打ち、たまに唸りが作業場に静かに流れます。 笑 

無事に座の一部として使える様に作業が終えたことは強調して書いておきましょう~!